嘘
マダム!マダム!私です!
あなたが泊まっているホテルで
バーテンをしている私です!
湾に突き出た岬の先端にある広場から、旧市街へと門をくぐろうとしたとき、片手にグラスを持った男が声をかけてきた。シディブサイドもそうだけれど、ここハマメットも海沿いにレストランが並び、テラスでは欧米人がグラスを傾けていて、どこかヨーロッパの町のよう。
こんなところにはマダムも、そりゃあいるよねえ…と思っていたら、その男がマダムと呼んでいるのは、なんと私のことだった。わお。私もとうとうそんなふうに言われるようになったのね…、なんて自分で可笑しくなってしまったけれど…
こんな嘘で、あら〜、なんて応えるひと、いるんだろうか?私が泊まっているのはバーテンがいるようなホテルではないし、というかホテルになんて泊まっていないし、そもそもハマメットには宿をとっていない。
男を無視して、小さな旧市街を探索。白壁に細い道がくねくねと続き、ときどき青く塗られたドアや窓枠、時折描いてある画がかわいい。が、いったん市場に出ると土産物屋が多く、季節外れのせいで客も少ないので、とにかく声がかかって面倒くさかった。
夕陽がおちてくるころ、ひとまわりした旧市街を出て賑やかな通りに出ると、またあの声が聞こえてきた。マダム!私です!